贅沢三昧な生活

贅沢三昧な生活

生まれた時から親からたくさんの愛情を受ける。これにさらに金銭面でもかなり甘やかされて周りからもチヤホヤされる。それは典型的なわがままな子どもになってしまうのも納得ですが、毎日毎日「ツバメの巣」を食べれるほどのお金持ちの宋美齢なので、もちろん生活スタイルもスケールが違います。

中華民国のスポークスマンとして、1942年から約1年間に渡ってアメリカに滞在していますが、ホワイトハウス側が宋美齢のために警護員をあてがえばその警護員を自分の買い物係としてつかったり。そしてホワイトハウスに滞在中には、自分が滞在しているホワイトハウスの絹のシーツを1日に4回も交換させたり・・・とかなりやりたい放題です。わがままなお嬢さんの勘違いぶりはすごいものがあります。

美しくなりたーーーーい

政治にがんがん介入

ドラゴンレディと言う言葉は、かつてはこれまた宋美齢とおなじく「ツバメの巣」を美貌と若さのためにとっていた、清の猛女の西太后のことを示す言葉でしたが宋美齢が結婚して約2年後の1930年に、スポークスマン的な立場で、政治の舞台に登場してからはすっかり宋美齢を示す言葉にドラゴンレディはなったといいます。かなりのツワモノですね。

見た目は中華人でも、お金持ちの子女としてほとんどアメリカで育った宋美齢なので、日中戦争の時にも大活躍します。日中戦争が勃発したのは1937年ですが、中国そして満州国で中華民国と日本は利益対立を深めていました。そこで蒋介石は、アメリカから軍事援助をしてもらおうと宋美齢を自分の通訳として、会議に登場させます。そこで流暢な英語で、アメリカから有形無形の軍事援助を引き出すことに成功しています。

ドラゴンレディの宋美齢はまだまだやります。お姉さんたちの2人がウェルズリー大学の出身ということを使って、同じ大学の卒業生というコネクションを使ってヘンリー・ルースを利用します。

ヘンリー・ルースは「タイム」そして「ライフ」の発行者だったので、このような社会的影響力が強い雑誌を使ってアメリカで反日キャペーンもやりました。その結果1937年にタイムの選ぶ「パーソン・オブ・ザ・イヤー」が選んだのは、日中戦争で戦う蒋介石でした。このような雑誌を通じて、アメリカ市民に対中支援を訴えたりということにも活躍しています。

セレブのお食事

アメリカ議会でも演説

宋美齢はある意味ものすごい政治家だと思えます。なんといってもアメリカの対日政策に大きな影響を与えたのですから。もちろんアメリカが日本と戦争するようにけしかけたといってもいいぐらいです。フランクリン・ルーズベルト大統領は親中派でした。もちろん宋美齢がそれを利用しないわけがありません。しっかりとルーズベルト大統領は妻のエレノアにかなり政治的にも影響を受けていますが、そんなエレノアともちゃっかりと良い良好な関係を築いています。

エレノアとルーズベルト大統領は夫婦ですが、夫婦でいてもお互いそれぞれが公認の愛人がいるという点でも、蒋介石と宋美齢の夫婦関係にも似ている所があるのである意味、とてもよく似た夫婦で気が合ったんじゃないかと思います。

宋美齢はルーズベルト大統領としっかりとして良好な関係だったことから、第二次世界大戦の最中1972年11月から翌年5月まで、ルーズベルト大統領から直に招聘されて、アメリカを訪問しています。いわばルーズベルト大統領のお墨付きをえた形で、アメリカ全土を巡回して流暢な英語で演説して抗日戦の援助を訴えました。

その中でとくに有名な演説が、1943年2月18日のワシントンD.C.での演説です。演説した場所はアメリカ連邦議会で、黒いチャイナドレスに宝石をちりばめた中華民国の空軍のバッジを輝かせながら流暢な英語でとても力強い演説をします。なんせ中身はアメリカ人と同じ宋美齢なので、どんな演説をすればうけがいいのかも知ったうえでの演説です。彼女のあまりにも力強い演説は、ものすごい拍手で拍手のために途中何回か演説を止めないといけないほどのすごい演説でした。そして連邦議会での演説で彼女の演説が終わると、議員たちから割れんばかりの拍手が5分間も続いたとか・・・。もちろん演説するのは議会だけではありません。ニューヨークでもハリウッドでも、ガンガン抗日演説を繰り返していきアメリカの世論をすっかり反日にすることに成功しました。